パピヨットの誕生物語
18世紀末、フランスの南東部にあるリヨンという町の北に位置するクロワルッス地区付近(le quartier des Terreaux)に、コンフィズリー店で見習いをしている若い男の子がいました。
リヨンのクワルッス地区の位置
クロワルッス地区とは、リヨン市役所横のテロー広場から北に丘を登ったところで、昔から絹織物が盛んな地区です。
コンフィズリーとは、チョコレートやキャンディなど小麦粉を使わない小さくて甘いお菓子のことです。
その見習いの男の子は上の階で働いている美しい女性が気になっていました。
彼は彼女の気を引くために、コンフィズリーを作って贈ろうと考えました。コンフィズリーに短い愛の言葉を書いた紙を巻き、彼女に贈ろうと考えました。
この話の続きは、不幸な結末と幸せな結末の2つあると言われています。
不幸な結末
ひとつめは、見習いの男の子は、コンフィズリーの店主に相談したが、店主はそのアイデアを却下しました。でも、店主はそのアイデア自体はおもしろいと考え、メッセージを書いた紙を巻いたコンフィズリーを販売することにしました。
そのイジワルな店主の名前がパピヨット氏だったから、パピヨットというお菓子が誕生した説。こちらは、アイデアだけ盗られて、男の子の恋愛はうまくいかなかったんですね。
幸せな結末
ふたつめは、店主に相談せずに、見習いの男の子は愛のメッセージを書いた紙に巻いたコンフィズリーを彼女に贈り、その後ふたりは結婚したという幸せな結末。
彼女の甥がパピヨット氏だったというとこから、パピヨットと名付けられた説。
甥の名前をコンフィズリーの名前に付けるのか…というところに若干の強引さはありますが、後者の幸せ説が本当であってほしいです。
その後の1898年、トーマスとペレンの家族によって、チョコレート店(Révillon)が創業され、ほんの数年のうちに、リヨンでは最大のチョコレート店に発展していきます。
Révillon は今でもパピヨットで有名なブランドです。
1965年までに、パピヨットは今の形となり、1971年にリヨン市内から、隣りのロワール県(Loire)に移転し、リヨンだけでなく、フランス全土に広まっていきました。