Pithiviers ピティヴィエってどんなお菓子?
パリの南にある町ピティヴィエで誕生したアーモンドクリームを詰めた丸いパイのこと。
ピティヴィエは、パリから南へ約80kmのところにあるサントル=ヴァル・ドゥ・ロワール地域圏 Centre-Val de Loire にある町です。
ピティヴィエは古代ローマ時代からある町で、交通の要所として栄え、ローマ人によってアーモンドが伝わりました。たくさん採れるアーモンドを使ったお菓子が作られるようになりました。
2種類のピティヴィエ
ピティヴィエには2種類のお菓子があります。どちらも特産のアーモンドをふんだんにつかったお菓子です。
パイ生地のピティヴィエ Pithiviers feuilleté
パイ生地の中に、アーモンドと砂糖、バターや卵をまぜたクレーム・フランジパン Crème Frangipane というクリームを詰めて、丸く焼いたパイです。
フランスで1月に食べるガレットデロワとまったく同じものですが、ピティヴィエは通年見られます。中にフェーブは入っておらず、パイの端を花びらのように切ることもあります。
18世紀、パイ生地をつくる技術が考案されたのに伴い、作られるようになりました。
こちらはピティヴィエ・フォユテ Pithiviers feuilleté といいます。こちらが主流のもので、単にピティヴィエというとこちらを指すことがあります。
フォンダンがけピティヴィエ Pithiviers fondant
アーモンドを加えたスポンジ生地に、糖衣がけして、フルーツの砂糖漬けを飾ったケーキです。糖衣がけとは砂糖と卵白を合わせて、ケーキの周りにかけたものでフォンダンといいます。
パイ生地のものと区別するために、ピティヴィエ・フォンダン Pithiviers fondant といいます。
ピティヴィエ・フォンダンはフォユテよりも早く作り始められました。7世紀頃には作られていましたが、当時はスポンジ生地は膨らませず薄いクッキー生地のようなお菓子でした。
16世紀にバターが手に入るようになり、バターを混ぜて空気を含ませ、現在のようなふんわりとしたスポンジ生地になっていきました。
ピティヴィエの伝説
16世紀、フランス王シャルル9世がピティヴィエの町近くの森でユグノー派の強盗団に捕まりました。しばらくすると、強盗団は捕らえた人が王であることに気づきました。
彼らは王にあるお菓子を渡しました。
その後、王は解放されました。このお菓子がおいしかったため、これを作った職人に王家御用達の特権を与えました。職人はこのお菓子にシャルル9世の馬車の車輪をイメージした飾りをつけました。これがピティヴィエといわれています。
Pithiviers ピティヴィエの情報
名前 | ピティヴィエ | ||
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フランス語 | |||
読みかた | ピティヴィエ | ||
分類 | パティスリー Pâtisserie | ||
生地 | 折込パイ生地 Pâte feuilletée | ||
クリーム | クレーム・フランジパン Crème Frangipane | ||
材料 |
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購入先 | パティスリー Pâtisserie | ||
名産地 | ピティヴィエ Pithiviers |