フランス発祥のモンブラン
フランスのモンブランは、アルプス山脈に近いフランスのサヴォア地方やイタリアのピエモンテ州などで食べられていた家庭菓子がルーツとなっています。
名産の栗を煮てつぶして、泡立てた生クリームを添えただけのシンプルなお菓子でした。
1903年、その栗の家庭菓子をもとにパリにあるアンジェリーナ ANGELINA でモンブランが作られました。
メレンゲを土台にして生クリームを絞り、それを包むように細い麺状のマロンクリームをしぼったものがアンジェリーナのモンブランです。
フランスの栗は濃い茶色をしています。

フランスのモンブラン
日本発祥のモンブラン
昭和初期の1933年に日本人菓子職人の迫田千万億(さこたちまお)氏が、パリやアルプス山脈のシャモニー=モン=ブラン Chamonix-Mont-Blanc を旅行しました。
シャモニー=モン=ブランはモンブラン山脈のふもとの渓谷の町であり、世界でも有数の高級スキーリゾートとして有名です。
シャモニー=モン=ブランの位置
その際に、見つけた栗をつかったお菓子と出会い、そのおいしさと美しさに感動しました。
迫田氏はアンジェリーナのモンブランの許可を取り、日本人に合うようにアレンジしたモンブランを作ることにしました。それは日本人になじみのある甘露煮にした黄色い栗をつかったものでした。
カステラ生地にカスタードクリームを詰め、栗の甘露煮を1個丸ごと入れて、その上にホイップクリームとバタークリームを重ね、マロンクリームを絞り、メレンゲをのせたものです。マロンクリームは和菓子専用の道具である小田巻で絞っていました。
トップにのったメレンゲはモンブランの万年雪をイメージしています。

日本のモンブラン
迫田氏は帰国後に創業した「自由が丘モンブラン」という自身の店にて、考案したモンブランを作りはじめました。
このモンブランは日本全国に広まっていき、黄色い栗をつかったものがモンブランとされてきました。
昭和の半ばより、日本人菓子職人がフランスに修行に行くようになり、日本でも少しずつフランス発のモンブランが広まっていきました。
今では、茶色のモンブランも黄色いモンブランもどちらも日本に定着しています。