フィナンシエの歴史と由来
17世紀、肉食が禁止されていた修道院にて誕生したという説もあります。肉の代わりの栄養源としてアーモンドを食べていたとされており、フィナンシェの主な材料はアーモンドです。
そのお菓子は楕円形をしていて、アーモンド、小麦、砂糖、卵白、バターをベースにしていました。
1835年、ラ・フィナンシエール la financière というお菓子がブルターニュ地方のレンヌ Rennes で生まれたと言われています。
そのお菓子は現在のフィナンシェに少しだけ似ていて、生地は粉ふるいにかけたアーモンドを使い、砂糖、卵白、でんぷんとバターを混ぜ合わせ、pain de Gênesのカヌレ型に入れて焼き、バニラ味のグラサージュをしていました。
このお菓子は当時ブルターニュ地方で流行っていました。
さらに1890年頃にはパリでも同じようなお菓子が売られていました。パリのサンドニ通り Rue saint-Denis にあるラスネ Lasnes というパティシエによって作られていました。
彼のパティスリーはパリの証券取引所 Bourse 地区にパティスリーを開店しており、近くで働く顧客に敬意を表して、金塊の形をしたお菓子をつくり、それを金融資本家という意味のフィナンシェ Financier と名付けました。
1900年に出版されたレシピ本によると、砂糖と共に泡立てた卵白をベースにして、小麦粉やアーモンドパウダーとバターを加え、サヴァラン Savarin の型に入れて焼きます。型にはあらかじめバターを塗って細かく砕いたアーモンドをまぶしておきます。
焼いた後に杏のジャムを塗り、さくらんぼやミラベルで飾りつけます。「このお菓子はとても重いけれどおいしい」と書かれています。
それからもレシピは変化していき、1909年には蜂蜜を加え、アーモンドパウダーからヘーゼルナッツやピスタチオに変えたものも登場しました。